心療内科医笹田信五のカウンセリングルーム
二代目経営者の戸惑い
個人指導は、内科的な外科手術のようなものだと思います。心の中を切り開いていきます。特に心は見えませんから時間もかかります。
しかし、この個人指導をしなければ、問題の解決が180度違った方向に行ってしまうことが少なくありません。
強くなろうとすることが問題なのに、さらに強くなるで解決しようとして悪循環に陥るような場合がそうです。Oさんもそのような方でした。
「無理して、強い人間になろうとしていませんか。強くなろう。強くならなければと思っていませんか。あなたは本当は、不安を感じやすいほうではありませんか」
「確かに、強くなろうとしています。私は、もともと不安を感じやすいほうでした」
Oさんは、39才の男性です。11年前に亡くなったお父さんから譲り受けた会社を経営しています。体重は100kg以上、コレステロール、尿酸、血圧が高く、何よりも心配なのは心電図に動脈硬化の変化が少し出ています。
「何としても、減量しなくてはなりません。この年齢で心電図変化が出ているのは大変です。このまま行けば、心筋梗塞で突然死のコースです。
ただ、今から改善すれば元に戻ります。その差は非常に大きいです。そのためには減量ですが、食欲を押さえようとする普通の方法では無理ですね」
「食欲を押さえようという方法は今まで何度も失敗していますから、駄目だというのは良く分かります」
「それには、まず減量に失敗する原因を探してみましょう。ストレスはどうですか」
「かなりストレスは受けています」
「ストレスの原因は何ですか」
「やはり仕事だと思います」
Oさんは、本当は不安を感じやすい人です。不安を無くすために、人からよい評価を得ようとします。一方、自分を主張したいという気持ちもあります。自分主張できないと不満も起こります。
ただ、普段はよい評価を得たいという気ちの方が強く、自分を主張できないという不満を覆い隠しています。充実感があるときは良いのですが、充実感がなくなってくると不安と不満で、自分が分からなくなるというタイプです。
しかし、問題の根本は、不安や不満があるということではありません。それは人間として当然です。
そうではなくて、不安や不満を感じる本当の自分を否定して、強い人間になろうとしていることです。自己否定をしているので、エネルギーを失っています。
お父さんは、敗戦後の何もなかった焼け跡からの出発でした。百戦錬磨を経験し、どんな状況でも対応できる能力をもっています。行け行けどんどんの猛烈タイプです。
道路と橋を造り、鉄筋コンクリートの建物を建てる時代ですから、強い人間の時代です。事業をしている方々は、どうしても猛烈タイプが多いのも事実です。
Oさんにとって、経営者は強い人間であることという価値観は、一代で会社を造ってきた父親の姿から自然に焼き付いているものでしょう。
しかも、古い社員もいます。父親との比較もされているでしょう。さらに、古くからのお客さんもいます。「強くなろう。軟弱であってはならない」、そう思うのも当然です。
「気心の知った友達と、食事をしたりお酒を飲むときが一番楽しいのです。楽しいものだから、ついつい調子に乗って、食べ過ぎたり飲み過ぎたりして、後で後悔しています」
「友達といるときは、強がらなくてもいいから、本当の自分に戻れるのでしょう。自然になれるから、喜びとか感動とか生きている充実感が戻ってきて、楽しいのでしょう」
「確かに、そうだと思います。すごくリラックスします。また頑張ろうという気持ちが湧いてきます。しかし、会社へ行くとまたストレスがかかり、疲れしまいます。それを回復するために、また友達と飲んだり食べたりです」
「それでは、減量は不可能ですね」
「それではいけないと思って、スポーツクラブへも行っています。とにかく疲れたと思ったら、激しく運動します。しんどいのですが、精神的にはスカッとします。ただ、次の日は疲労困憊してかえって悪いのですが、スカッとするのが良いのでまた行きます」
「精神的にスカッとするのは、強い人間になったように感じるからではありませんか。身体的な苦しさに打ち勝ったという達成感かもしれませんね。それこそ、強い人間になろうという観念に動かされている行動ですね」
「うわー、まさにそうですね。こんなことをしていては、本当に突然死・過労死するまでとまれませんね。今よく分かりました。それでは、仕事を辞めなければいけませんか」
「いえ、それは間違いです。仕事を辞めるたり、減らしたりすることは解決にはなりません。根本を解決していないからです。
少なくとも、仕事をしないでブラブラしていては、もっとストレスになりますよ。健康も得られる。仕事も今まで以上に成功する。そのような方法でない限り、役に立ちません」
「それは素晴らしいですね。どうすればいいのです。是非、やってみたいと思います」
「それには、自己否定を止めることです。自己否定を止めることは、あなたの不安を解決するために最も大切なことになると思います。
まず時代の変化を理解しましょう。戦後の貧しい時代は、「物の時代」です。物を作ることが目的です。道路や橋を作り、大きなビルディングを建てました。その時代の経営者は、強く逞しくあることが条件です。不安を感じる軟弱な人は役に立ちません。
しかし、日本は高度成長し、物は溢れています。人件費が高くなり、物を作るのは東南アジアです。このような状態の国内で、強く逞しい人はどのような商品を作れるのですか。それが、現在の不況の原因でしょう。
物が豊かになり、「心の時代」に入ってきました。人々は単に物が溢れても幸せになれないことに気づきました。空しさや不安、空虚感が漂っています。人々が求めているのは、安心や喜びという商品です。さらに本当の自分を生きれるサポートです。
不安を感じやすいあなたには、そのことがよく理解できるのではありませんか。衣食住では当面困ることがないはずなのに、なんとなく不安で、自分を生きれていないと言う不満も感じておられるでしょう。
それを感じられるのは、能力ではありませんか。「心の時代」の求めているものを先取りできる素晴らしい能力ではありませんか」
「そう言われれば、そうですね。少し嬉しくなってきました。自分は駄目だと思ってきたのが、そうではないかもしれませんね」」
「次ぎに、あなたの不安の解決方法です。不安を感じるのは立派な能力ですが、不安にばかり振り回されていては、人の不安を理解することも、仕事の面でどのように進んでいけばよいのかも分かりません。
医学的に自分で生きてるのか、生かされてるのかを考えてください。医学的に「大きな生命の世界」の中で生かされてるということが分かってきると、安心できます。自分の山を登れます。
今までは、「他人の山」を登ってこられました。強くなろうとするのも「他人の山」に登ることです。
「自分の山」を登れれば、お父さんから受け継いだ「強い人間」という価値観からも、人の評価を得なければという思いからも、解放されます。友達と食べたり飲んだりしなくても、エネルギーに満たされます。
「すごく気持ちが楽になってきました。自分のままで良いんですね。これは楽ですね」
「後は、いかに社会参加し、いかに社会貢献するかということだけです。いい貢献をすれば、喜んでもらえます。そうすればお礼もいただけます。これが、本当は商売の根本なのではありませんか。
利潤だ、利潤だと言っていては、気持ちが何か弾みません。楽しきありません。貧しい時代の経営者にとって、利潤追求は当然でも、二代目の経営者になると、豊かな時代に育っていますので、利潤の追求だけでは、空しさを感じるかもしれません。
やはり、貢献なのではないですか。そうすれば、相手の望んでいることをしなければ、意味がありません。何をしたら喜んでもらえるかを考えることは、最も効果的なマーケッティングでしょう。
貢献と考えると、気持ちも楽しくなりますし、仕事も成功するのではありませんか」
「すぐに全部が分かるとは思いませんが、何か展望のようなものが見えてきたように思います。ここに来て本当に良かったと思います」
「後は、生かされてる医学の5つの発見を学び続けてください。きっと、自分を生きて、周りの人も幸せになれる心の時代の生き方が得られ、心の底から、生きていることを喜べるようになるでしょう」
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