日々の講義1月

2018年1月29日(月) 14:13
 裏切られる愛も、一時的な愛もいりません。つかの間の安心も役に立ちません。すぐに揺らぐ自信もいりません。しかし求め続けます。自分のことしか考えられない自分が、同じように自分のことしか考えられない相手に求め続けます。得られなくて絶望や諦めに陥ります。希望を失います。
 それだけに、ふとした優しさは不思議です。ふとした優しさだけは、いつでもあります。その気で見ればどこにでもあります。消えることもありません。揺らぐこともありません。裏切られることもありません。もし、この優しさを生きることができたら、生き生きと穏やかで優しく生きれます。自分も周りの人も幸せになれます。
 ただ、ふとした優しさは、そのままではすぐに消えてしまいます。到底、それで生きることはできません。そのために育てなければなりません。ふとした優しさを育てるための心身医学が、生かされてる医学です。本当の自分のための心療内科  http://www.ikasareteruigaku.org/ をご覧下さい。ふとした優しさが好きな人は是非育てましょう。育てて、自由自在に優しく心の時代を共に生きましょう。

2018年1月23日(火) 15:37
⦿ふとした優しさを確実なものに育てる
 優しさは素晴らしいものです。ただ、その優しさの多くは自分のための優しさです。それを見ると喜べません。自信も持てません。しかし、その中に、ほんの少しですが、自分のためではない優しさがあります。ふとしたもので、すぐに消えてしまうものですが、それを、ふとした優しさの自分(Y)と呼んでいます。
 ふとした優しさは、本当に不思議な優しさです。それを感じた時、不安も不満も傷ついた自分も消えます。過去の自分、セルフイメージ、性格が消えます。しかも、生き生きとした自分を感じます。勇気もでます。物事も解決できます。
 勿論それは、残念なことに、ふとでしかありません。どうすれば、ふとした優しさを育てられるのでしょうか。 その方法が、自分分析と生かされてる医学的事実と頭をカラッポにする丹田呼吸法です。
 人間は、大きな生命の世界の中で、医学的に生かされて、衣食住と身の安全を得るために社会を営んでいる存在です。人間の本当の価値は、生かされてる医学的事実から来ます。社会的存在価値は、衣食住と身の安全を得るためのもので、人間の本当の価値を決めるものではありません。
 社会的存在価値を本当の存在価値だと思いこんでいるかぎり、競争社会から自由になれません。ふとした優しさも、普通の優しさも、競争社会を生きるためには役に立たないものとして捨てられます。 優しさが好きで、優しさを生きていきたいと思っても、優しく生きることはできません。
 しかし、それでは、自分も、子供たちも壊れていきます。折角、優しさが好きなのですから、優しさを生きましょう。それには、普通の優しさから、ふとした優しさを分離することです。自分分析を学び、頭をカラッポにする丹田呼吸法を身につけ、人間の存在価値は生かされてる医学的事実から来ることを理解すれば良いのです。
  自由自在、無尽蔵の楽しくて嬉しい生き方が開けてきます。 本当の自分のための心療内科 http://ikasareteruigaku.org/ の心の時代の心身医学ー生かされてる医学は、その生き方を誰でもが身につけられるための心身医学です。

2018年1月17日(水) 13:14
⦿ふとした優しさの自分しか解決できない
 「ふとした優しさの自分」と言っても、「そんなもの何の役に立つのだろう? 何の意味があるのだろう?」と思う人が殆どでしょう。社会は、競争社会であり、その中で、生存競争をして生きています。「ふとした優しさの自分」など、何の役にも立ちません。何の意味もありません。確かにそうだろうと思います。
  ただどんな時代でも、「自分を目一杯生きて、周りの人も幸せになる生き方」をしたいです。 では、NOTWKS(ノットワックス)の自分で、それが可能でしょうか? 下の表を見ながら考えて下さい。
 自分を生きたい自分の殆どは、K、W、Tです。Kは、人に自分の存在価値を認めさせようとする自分、ブライドの自分であり、Wは、自由気ままに生きたい自分であり、Tは、快楽したい自分です。これらの自分を強引に進めていけば、社会適応はできません。
  一方、社会適応しようとする自分の殆どは、N、O、Sです。Nは、愛や評価を貰うために良い子になる自分であり、Oは、ご飯のために自分を抑えて社会適応する自分であり、Sは、笑顔を見たい自分ー殆どは自分のための親切です。
 社会適応の自分を生きようとすると、自分を生きたい自分は抑えられて窒息します。両方満たすことはできません。まして、どちらかを捨てることは到底できません。両者の葛藤が続き、不安と不満が充塞し、最終的には、諦めて程々に生きることになります。新型ストレスです。結局、NOTWKS(ノットワックス)の自分では、「自分を目一杯生きて、周りの人も幸せになる生き方」ができません。  現代の大人も子供も、殆どはこの状態にあると思います。 可能性のあるのは、「ふとした優しさの自分」です。「ふとした優しさの自分」は、自分自身ですから、目一杯生きても、自分が抑えられることはありません。窒息しません。それどころか生き生きとしてきます。そして、優しくするのが好きですから、社会適応もできます。
  勿論、今まで役に立たないものとして、置き去りにされたり、捨てられたりしてきたものですから、「ふと」でしかありません。しかし、心の時代の心身医学ー生かされてる医学があります。本当の自分のための心療内科 http://www.fyu.jp を見て下さい。頭をカラッポにする丹田呼吸法と生かされてる医学的事実があれば、育てることができます。大丈夫です。
 もし、「ふとした優しさの自分」が少しでもあり、それが好きであり、それを生きていきたいと思えたら、是非、育てましょう。育てて生きましょう。自由自在の人生です。

2018年1月11日(木) 9:58 ⦿優しさを否定する言葉に負けないで下さい
 「優しさでは生きていけませんよ。強くならないといけません!」という人は多いです。そのような言葉に決して負けないで下さい。
 強くなるとは、戦って勝つことです。K(人に自分の存在価値を認めさせようとする自分、ブライドの自分)です。Kで本当に強く生きていけるでしょうか。Kは必ず、Kの不安を伴います。常に勝ち続けることは不可能だからです。自滅のシナリオです。
 なぜ、自分も人も不幸にすることを勧めるのでしょうか。
 第一に、親が子供を心配して言う場合があります。競争社会で生きていくためには、強く生きなければと思って言います。しかし、新型ストレスで苦しむ子供には、逆効果になり追い詰めることになることを知らなければならない時代です。
 第二には、プライドです。Kは、人よりも常に優位に立っていなければなりません。優しさだけでは駄目だよというのは、親切のように見えても、人を否定して、優越感を得る方法になっています。
 第三に、確かに優しさだけでは、競争社会で生きていけません。それは確かです。  しかし、優しさと、生かされてる医学的事実と頭をカラッポにする丹田呼吸法があれば大丈夫です。優しさが好きな人であれば、自分のための優しさもありますが、見返りを期待しないふとした優しさも持っています。そして、ふとした優しさは、それだけではすぐに消えてしまいますが、生かされてる医学的事実と頭をカラッポにする丹田呼吸法があれば力強いものになります。
 人間は、大きな生命の世界の中で、医学的・科学的に生かされて、衣食住と身の安全を得るために社会を営んでいる存在です。人間の価値は生かされてる医学的事実から来ることを理解できれば、愛や存在価値を人からもらう必要がなくなります。笑顔を見るのが嬉しい自分だけになります。してあげたい自分だけです。
 生かされてる医学的事実と頭をカラッポにする丹田呼吸法で支えられたふとした優しさは、本当にとっても不思議です。不思議な力があります。不安も不満も傷ついた自分も消えます。過去がなくなり、生き生きと生きている自分を感じます。不思議な優しさに満たされます。
 あとは自分の持てる能力を活かして、社会の分業に参加するだけです。自由自在の生き方、無尽蔵の生き方ができるようになります。
 「優しさでは生きていけないですよ。」というKの言葉に決して負けないで下さい。Kに未来はありません。優しさには、自分も大事な人も世界も幸せにできる素晴らしい、嬉しい未来が開けています。優しさが好きな人、優しく生きたい人は、是非一緒に、本当の自分のための心療内科 http://www.fyu.jp で学びましょう。

2018年1月5日(金) 9:10
 ふとした優しさ(見返りを期待しない優しさ)は、不思議な優しさです。自分を超えています。自分のことしか考えられない自分の中から出てきたとは思えません。自分には出来過ぎの優しさです。しかし確かに自分の中にあります。その優しさが好きです。その自分を生きていきたいと思います。
  ふとした優しさを感じている時、不安も不満も傷つく自分もありません。 将来の不安も、死の不安も消えています。 不思議です。楽しさと嬉しさに包まれます。やはり不思議です。妄想でも、切り捨てでもありません。頭カラッポの丹田呼吸法と生かされてる医学的事実の世界だけです。これは実存です。その時、本当の自分を生きていると感じます。 ふとした優しさが好きな人のために、本当の自分のための心療内科 http://www.fyu.jp をつくりました。

2018年1月2日(火) 15:15
 「仕事ができなくなった、仕事に行き詰まっている。」という悩みを持っている人が多くなっています。ひどい時には、うつ病や休職に追い込まれる人も少なくありません。 しかし、原因のないことは決して起こりません。正しく原因を明らかにして、根本的な解決方法を身につければ、回復できるどころか、その後の人生をより充実したものにできる人もおられます。
 Oさんもその1人でした。先日、1年以上も続いた休職から無事に職場に復帰されて元気に働いておられます。私も、とっても嬉しい思いをさせていただきました。
 Oさんの問題点はプライドでした。 プライドのために仕事をし、プライドのために失敗することの連続で、遂に休職をしなければならない状態になられました。仕事の能力は十分にある方なので、仕事ができなくなったのは、能力の問題ではなく、プライドのためでした。
 プライドの解決は容易ではありません。プライドで生きている人が、プライドを捨てることなどできないからです。ただ、何のためにプライドが必要なのかを見つめていけば、解決の糸口が見えてきます。
 Oさんにとって、プライドは自分の存在価値を得る方法でした。欲しいのは存在価値でした。ただ、社会は競争社会ですので、存在価値を得るためには、競争に勝たなければならなかっただけです。決して、競争で勝つことが好きであったのではありません。
 人間は、 大きな生命の世界の中で医学的、科学的に素晴らしい法則と美しい調和で生かされていること、社会は、衣食住と身の安全を得るためのシステムであり、社会的存在価値は必要ではあるが、人間の本当の存在価値を決めるものではないこと、人間の存在価値は、生かされてる医学的事実から来ることを学んでいただきました。そして、プライドから自由になられました。
 仕事の能力は十分あるのに、 多くの方が、休職やうつ病の危機にさらされておられます。その方の人生も能力も大変勿体ないです。心の時代の生き方の能力を、是非、身につけていただきたいと願っています。そのような方々のために、「本当の自分のための心療内科」 http://www.ikasareteruigaku.org/ を作っています。